さあ、いよいよ“藻場通信”がはじまります。
ところで、私たちの日常生活で“藻場(もば)”という言葉を目に、または耳にすることがどれだけあるでしょうか。“藻場”は、言わば海の森林です。近年の機械化技術の進歩によって、“藻場”は空からみることができます。ただ、いざ海の中の“藻場”をみようとすると急にハードルが高くなります。しかもそれが、リアルタイムであるなら尚更です。
でも、私たちはどうしてもみたくなってしまいました。海の中の自然体をみる、そこに価値を感じました。みたいときにみる、その時々での瞬間に何が起きているかを知りたいという好奇心からの発想です。魚が泳ぐ姿に出会えれば幸運だし、ほとんど動いていないようにみえるウニも時間が経てばちゃんと動いてくれる、何なら名前をつけてもいいくらいです。一度でも水族館に足を運んだことがあれば、そんな光景は容易に想像できることでしょう。
それでも何か物足りない。子供の頃、植物の種を土に埋め、芽が出て、葉となり…そのイベントの度に観察日記を書いてと、誰しも経験したことがあると思います。
これを“海の中”で実践してみることにしました。ここからが藻場通信のはじまりです。
もちろん、前途多難はありました。植物の種や土ならホームセンターで買うことはできますが、まずそれが気軽にできません。ならば、種は自分たちで用意しなくてはならないし、土の代わりになるものも探さなければなりません。
種は何にしようか。思考を巡らせ、やはり北海道ならではのコンブに決めました。成長した暁にはさぞ雄大な景色に出会えること間違いなしと踏んだからです。秋口に入り、私たちは親コンブを数本とり、胞子が放出されるのを待ちました。心待ちにしました。そして数時間が経過、ついに顕微鏡で胞子の存在を確認することができました。これで種は確保、次にこの貴重なコンブの種たちをコンクリートパネルという土に植え付けることにしました。さらに、私たちは彼らが安住できるように小さな立体農園という家を作りました。素材は、単管パイプです。工事現場などでよくみかける、まさにそれです。これで彼らの旅の準備は整いました。
旅立ち当日は天気にも恵まれ、海も穏やかな絶好の日和です。私たちはドライスーツに身を包み、我が子を抱きかかえるようにコンブの子供たちを海の中へと連れて行きます。彼らを家に置き去ることは後ろ髪を引かれる思いでしたが、その後の生活はいつでもどこでも見守ることができる、そんな安心感からか、潜水用のマスクの中に涙がこぼれ落ちました。
「昔は藻場があった」と、過去形でそんな話をよく聞きます。今は“ない”ことが当たり前となっていますが、私たちは“ある”ことを当たり前にしたい。失われたものは育むことで、昔の当たり前を取り戻したい。この藻場通信では彼らの成長を見守りながら、多様な海の生き物たちの視点でこれからの今を伝えていきます。
次回は、2月25日に公開予定です。
写真 コンブの子供たちを家に送り届ける潜水士たち(2020年11月1日)