<湿原シリーズ Part9>
株式会社エコニクス 環境事業部
陸域環境Ⅰチーム 篠原 由香
湿原の生態系を象徴する植物である「ミズゴケ(水苔)」、皆さんも一度は見聞きしたことがあるのではないでしょうか?ミズゴケは蘭などの植え込み用土として重宝されており、ホームセンターで簡単に手に入れることができますが、そのほとんどが外国産のものです。一方、我が国では、ミズゴケの主な生育地である湿原の多くが国立公園などに指定され保護されているため、基本的には容易に採取することができません。しかし、国立公園など以外の保護されていない生育地のミズゴケは、先月号でお伝えしたように開発による湿原の縮小などによって生育地が失われています。
さて、ミズゴケの種類は、文献により諸説ありますが、世界で約150種、国内では約40種といわれています。そして、国内最大の湿原面積を有する北海道には最も多くのミズゴケ類が生育しており、ミズゴケ類が豊富に生育している高層湿原(貧栄養な湿原)ではイボミズゴケ(写真1)やムラサキミズゴケ(写真2)などがその代表種です。
「国内に生息するミズゴケは40種程度と少ないし、種の同定はそれほど難しくないのでは?」と思われる方も多いことでしょう。しかしながら、野外調査でミズゴケ類を見つけても、その場で種を同定できる人は研究者を含めても極めて少ないのが現状です。
では、下の写真をご覧ください。写真3は「ヒメミズゴケ(Sphagunum fimbriatum)」、写真4は「アオモリミズゴケ(Sphagnum recurvum var. recurvum)」といい、両種は別種です。この写真でその違いがわかる方はほとんど皆無だと思うのですが、皆さんはどうですか?
実のところ、ミズゴケ類を種まで分類するには、枝葉(枝に付いている葉)の横断面の葉緑細胞(葉緑体を持つ細胞)と透明細胞(大型で保水性のある細胞)の相対的な位置関係の違いを見分けるのが重要なポイントの一つです。そのためには、基本的に顕微鏡による観察が必要となります。
写真3の「ヒメミズゴケ」は枝葉横断面の葉緑細胞が腹面に広く開いています(図1A)が、写真4の「アオモリミズゴケ」は背面に広く開いています(図1B)。その他、Aの「ヒメミズゴケ」は茎葉(茎に付いている葉)の形にも特徴があります(図1A)。
このように、ミズゴケ類を種まで分類するためには、細胞レベルの形質を顕微鏡を使用して見分ける必要があります。しかし、ミズゴケの同定の手順や形質の特徴等が誰でもわかるようにまとめられている文献は、その他の植物に比べ非常に少ないのが現状です。そのため、植物調査の対象種として「ミズゴケ」は少々とっつきにくいのが正直なところです。
これまで、大学などの研究レベルではミズゴケの種同定は一般的におこなわれてきましたが、コンサルタント業務の多くでは「種レベル」の同定までは求められていませんでした。しかし、先月号でお伝えしたとおり、近年では湿原の重要性が注目されるようになっており、それと同時に湿原の生態系を象徴する植物である「ミズゴケ」の種構成を把握することが非常に重要視されるようになりました。そのため、ここ数年ではコンサルタント業務においてもミズゴケの「種レベル」の同定が求められるようになってきました。
弊社ではミズゴケの同定技術を有する技術者が、このようなニーズに対応をしております。今後も同定技術の研鑽を重ね皆様のニーズにお応えしていきます。
<参考文献>
岩月善之助・水谷正美(1972)原色日本蘚苔類図鑑.保育社, 大阪.
岩月善之助編(2001)日本の野生植物 コケ.平凡社, 東京.