外来種シリーズ Part4
株式会社エコニクス
環境事業部 調査・計画チーム 大湊 航一
北海道における外来種問題の中で、最も深刻な状況として話題に上る生物は、ずばり農業被害を呼び起こしているアライグマです。先日、北海道新聞でも報じられましたが、道内における本種の確認は14支庁120ヶ所に及び、年間の捕獲数は2004年で1400個体に達しています。捕獲数が年々増加する一方で、農業被害額は一向に減少する気配が見えず、昨年は過去最高の3800万円に達しました。北海道は2003年にアライグマ対策基本方針を立て、野外生息個体の完全排除を目指していますが、やはりヒトが特定の種を駆逐するには相当の時間と根気を費やす必要があるようです。
アライグマは水辺に近づいて水中のカエルやザリガニを前肢で捕らえる哺乳類で、その採餌行動がモノを洗っているように見えることからこのように名付けられました。この姿をアライグマがもつ最大の魅力として挙げる場合が多く、1977年にフジテレビ系で放映された名作アニメ「あらいぐまラスカル」でも、水辺で餌を捕らえたり洗ったりする姿が強調されています。アライグマの国内移入の遠因として同作品の名が挙がることも多いようですが、実際にアニメや原作の内容を読み解いてみると、少なくとも児童がアライグマをペットとして飼いたくなるような内容ではないことに気づきます。
まず、主人公とラスカルの生活は、猟師がラスカルの母熊を撃ち、残された小熊を引き取ってきたところで始まります。原作小説が書かれた1960年代(劇中の舞台は1910年代)は、ちょうど先進国のハンターがアフリカで密猟していることが問題になった時期であり、筆者は銃器による野生生物の駆逐を批判しているのが伺えます。また、劇中後半になると、成長したラスカルが近隣の田畑や鶏舎を荒らすようになり、これが元となって再び森に返すことになるのですが、これはヒトと野生生物の共存の難しさを伝えるシーンになります。つまり、主人公であり筆者のスターリング・ノースは、この作品を通して野生生物は自然の中で生きることが最も望ましいと訴えている訳です。かような作品が外来種移入を後押ししているなどと呼ばれてしまっては、スターリングも口惜しいのではないでしょうか。スターリングが名付けた「rascal(ラスカル)」という名前は英語で「やんちゃ坊主」を意味しており、アライグマの悪戯好きの性質を言い表したものとなっています。さらに調べてみると、「rascal」の語源は古フランス語の「rascaille(やじうま)」となるのですが、この単語の原義には「狩りに値しない動物」という意味があるそうです。北海道の生態系や農業被害を考えると、アライグマの駆除はやはり必要な方策です。しかし、本来は狩る対象ではないはずの生物を、我々ヒトが駆逐してしまっているという事実、その責任・・・外来種問題に携わる者として、この点だけは常に意識していかなければならないと思います。
アメリカのアライグマ狩りは植民地時代に農場を荒らす害獣として認知されたことで、18世紀以降から盛んになりました。アメリカではわざわざアライグマ狩り用の猟犬を品種改良で生み出すこともしていたぐらいなので、それだけ農業被害も深刻であったことが想像できます。つまり、アライグマを狩ること自体はとくに悪しき行為ということにはなりません。
しかし、アニメや原作小説は少年スターリングの視線で描かれており、母熊の撃たれるシーンはやはり子供から見て相応にショッキングな内容として描写されています。小説はスターリングが幼少時に体験したことをほぼ忠実に再現している内容となっていますが、これをストーリーの冒頭にもってきた背景には、ハンターによる狩りへの批判が含まれていたのだと思います。
物語の最後にラスカルは森に返されますが、そこでもスターリングはラスカルが田畑に降りてこないことと、ハンターによって撃たれることがないように配慮して、川を遡上した山の中で別れています。
ついでに、アライグマ(raccoon)自体はアルゴンキン語が語源で、原義は「手でひっかく」だそうです。「狩りに値しない動物」という原義はあくまでもラスカルという個体名に掛かってくる訳ですが、スターリングがこの名前を採用した裏には「アライグマを撃たないで欲しい」という思いがあったようにも感じられます。