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エコニュースVol.300

2018年06月01日

<海環境シリーズ Part17>

スルメイカが消えた?

函館国際水産・海洋都市推進機構  
函館頭足類科学研究所  
所長  桜井 泰憲

 

 昨年(2017年)のスルメイカを含む回遊資源には、劇的な変化が起きました。スルメイカについては、依然資源状態の好転が見られません。特に、北海道では10月以降に主漁期を迎える冬生まれ群(1月~3月に東シナ海で産卵する群れ)の資源が復活するのか、まったく見通しが立っていません。この他、えりも以東の沿岸へのサケの回帰と定置網での漁獲の減少、サンマの小型化と漁獲減、南かやべ沿岸の特定の定置網への30キロ未満のクロマグロの大量入網など、北海道の水産の世界では暗いニュースが流れました。その一方で、道東でのマイワシの好漁、北海道全域でニシンの増加など、海洋環境が寒冷化した時期に起きる現象が見られています。そして大衆魚から高級魚になってしまったホッケにも少しずつですが復活の兆しがあります。

 1990年代になってようやく、日本周辺の海水温が低く、そして寒い年が続くとマイワシが爆発的に増え、一転して海水温が高い年が続くとマイワシが激減してカタクチイワシとスルメイカが増えるという、「海水温の寒冷・温暖レジームシフトに応答した魚種交替」が水産研究者にも認知されるようになりました。サバ類(マサバ、ゴマサバ)は、どちらかというと温暖から寒冷への移り変わりの時期に増えています。2010年頃からのマイワシとサバ類の漁獲量の増加とカタクチイワシ、スルメイカ(特に冬生まれ群)の減少は、1976/77年~1988/89年の間の温暖から寒冷期への海洋環境変化の時と非常に類似しています(図1)。スルメイカの寿命は1年ですが、マイワシは7-8年まで生存します。しばらくはマイワシ全盛が続く可能性があり、スルメイカの不漁が続くかもしれません。 

 

 

 ただし、20世紀以降の寒冷期の長さは、1920-40年代が30年、1970-80年代が12年、2010年代は今のところ5年と短くなっています。この原因は、右肩上がりの海水温上昇の中での寒冷・温暖レジームシフトのため、温暖期は長く続き、寒冷期は益々短くなると推定されます。そのため、海洋環境変化に伴う魚種交替の兆候はありますが、それが1970-90年代のようにマイワシが450万トンも漁獲される可能性は低いと考えています。

 今、地球規模での気候と海洋環境の変化で注目されているのは、「温暖化がもたらす厳冬」です。具体的には、北極の海氷の減少によって、本来は北極の海氷上の大気に大量の冷気を閉じ込めていますが、その冷気が海氷のない北極海(主にバレンツ海)から亜寒帯地域に吐き出されて偏西風の蛇行をもたらします。今冬は、まさにバレンツ海の高気圧の発達に連動したシベリア高気圧の強化による偏西風の蛇行が顕著で、日本列島を含む極東アジアと北米東岸の厳冬が起きました。

 なぜ、ここ数年間でスルメイカが一気に減ってしまったのでしょうか。例えば、根室海峡に面する羅臼では、1990年代以降の温暖期には、スルメイカの漁獲量は5千トン~3万トンと豊漁が続きましたが、2016年は400トン、2017年は僅か100トンと激減しています(図2)。私たちは、この原因を「風が吹けばスルメイカが減る」と推定しています。これまでの30年以上にわたる私たちのスルメイカの飼育実験とフィールド研究から、「本種の産卵場は、大陸棚―陸棚斜面(100-500m)上の表層水温が18~24℃(特に19.5~23℃)で、中層に密度躍層が存在する海域であり、本種は躍層より上の暖水内で透明な卵塊を産卵、卵塊はこの暖水内で滞留し、3-5日間でふ化した幼生は海面に向かって遊泳し、幼生は表層で初期生活をする」という再生産仮説を提案しました。これによって、スルメイカの分布情報がなくても、海底水深と海面水温だけで、その推定産卵場を描くことができます。この産卵場分析から、2016~2018年1~3月の南日本を襲った強い季節風による寒波の影響で、海水が冷やされて東シナ海の産卵場の縮小が続き(図2)、太平洋を北上して道東から根室海峡を含むオホーツク海まで回遊する冬生まれ群の資源が減り続けたと考えています(図2)。もし、今回の寒冷期が短期間で終了して、再び温暖期が続くようになれば、日本列島を一周する「季節の旅人・スルメイカ」の復活が期待されます。

 

 

<参考文献>
桜井泰憲(2015)イカの不思議―季節の旅人・スルメイカ.北海道新聞社,207.

※北海道大学 大学院水産科学研究院 名誉教授

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