<放射線シリーズ Part1>
株式会社エコニクス
技術顧問 大橋弘士
福島第一原発事故によって、放射線がより身近な存在になってきています。普通の人がベクレル(Bq)やシーベルト(Sv)という単位を知るようになり、放射線測定器を求める方もいます。しかし放射線の健康影響の理解が深まったわけではありません。相変わらず放射線は怖いという言葉が独り歩きしていて、僅かでも放射線レベルの高い地域は怖い、放射線が少しでも検出される食品は怖いという風潮が世間に行き渡っているようです。
それは放射線被ばくを問題にする場合、線量が①科学的に見て健康に悪影響を与える線量であるか【健康影響量】、②放射線防護上、取扱いが適切・妥当で、規制に合致しているか【法的規制値】、のどの視点で見ているかをあいまいにしていることに原因があります。現状では②の法的規制値に合致しているかどうかを中心に報道されており、あたかもこれを越える放射線は危険であるかのように受け取られています。しかし法的規制値は健康影響量を示すものではありません。
法的規制値は健康影響量をはるかに下回る安全サイドに設定されています。一般人の年間1mSv規制の意味は、放射線取扱施設での放射線の適正な安全管理が目的で、敷地境界での放射線の量を年間1mSv以下に管理することによって、施設外の一般人の被ばく線量を年間1mSv以下にできるということです。放射線取扱施設での作業従事者の適正管理上限は、任意の1年間に50mSvを超えるべきでないという付加条件付で、5年間の平均が年間20mSvとなっていますが、放射線作業従事者が一般人より20~50倍も放射線に耐えられるということではないのです。
福島第一原発事故によって本来閉じ込めておくべき放射性ヨウ素やセシウムが外部に漏れ出して環境・農産物・畜産物への汚染問題を引き起こしました。そして汚染地域の住民避難や食品販売規制が行われました。政府は汚染地域を①「帰還困難区域」(年間積算線量が50mSvを超える地域)、②「居住制限区域」(年間20~50mSvの地域)、③「避難指示解除準備区域」(年間20mSv以下の地域)に3区分しました。2012年3月時点で年間積算線量が100mSvを超える地域は原発周辺とごく限られた地域であり、年間20mSvまでの地域は8市町村でした。2013年4月1日以降、これらの地域を含め対象11市町村に見直し区分が適用されています。食品に対しては、2011年3月に年間5mSvを基礎にした暫定規制値が発表され、2012年4月1日からは年間1mSvを基礎にした新基準値が発表されて一般食品では100Bq/kgに変更されました。
これらの数値は、国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告に基づいて決められています。この勧告では、緊急被ばく時は最大100mSv、復旧時は20mSv、平常時は1mSvを1年間の基準にしています。この基準の100mSvはがんが検出されている最小線量、20mSvは社会的に容認できない最小線量、1mSvはラドンを除く自然バックグランドレベルの世界平均を根拠にしています。100mSvの放射線は健康になんら影響がないものの、被ばく線量は合理的に達成可能な限り低くするということです(ALARAの精神)。注意すべきことは、ICRPの勧告値はいつでもどこでも一律に適用することを薦めているわけではなく、被ばく線量を少なくすることのメリットと被ばく線量を少なくするために介入することのデメリットを比較考量して決めて下さいということです。
現在の規制値は十分に安全サイドに設定されていますが、本当のところ放射線がどのくらい危険なのかが直感的にわかりにくいために誤解や混乱を招くことが多いのです。放射線の本当の怖さを理解するには、生活習慣および放射線被ばくによる発がんリスクを比較した表1が一つの目安として参考になります。この表からも年間100mSv以下であれば、何らかの健康影響を検出することは不可能であり、安心してもよいことがわかります。ましてや放射線測定によって、米国やEUの基準よりも10倍以上厳しい、100Bq/kg以下(年間1mSv以下)であることが示されている食品を忌避することは風評被害以外の何ものももたらさないことになります。